「握手ができる木のハガキ」

おばちゃん

大阪在住の頃、近所に私のことをまるで本当の娘のように、わたしの子供達をまるで本当の孫のように可愛がってくれたご夫婦がいました。

出会いのきっかけは、産後6ヶ月で始めた宅急便のパートで、よく荷物を届けるお客さんでした。

 

おばちゃんはいつも笑顔で明るくて、配達に行くといつもジュースやおまんじゅうの差し入れをいただきました。

私にまだ小さい赤ちゃんがいる事を知ると、「連れておいで」と。

 

今もですが、私は社交辞令というのがわからないんですね。なのでその日の夕方、保育所帰りに連れて行きました。

それからもう18年。東京に引っ越してからもほとんど毎週電話やハガキで近況報告をし合っています。


おじちゃん

おじちゃんは釣りやものづくりが好きで、いつも興味深く聞いていました。父を早くに亡くしている私は、父性の温かみをおじちゃんからたくさん頂きました。

おじちゃんも「娘のようなもん」と言ってくれたけど、父親という存在に慣れていない私は、嬉し恥ずかしソワソワしました。

 

こども達の誕生日にはいつも季節のお花をプレゼントしてくれました。

一緒にピクニックに行ったり(お弁当はお料理上手なおばちゃんがいつもみんなの分を作ってくれました)、しんどい時はこどもを公園に連れて行ってくれて、私はご夫婦の家の2階で寝させてもらうこともありました。


握手ができる木のハガキ

長年病気を患っていたおじちゃんが昨年入院しました。

ほとんど体が動かせなくなったおじちゃん。会いにいけない私達。いつも「こども達から元気もらってる」と言ってくれたおじちゃんに、入院中少しでもこども達の元気を送りたくて、考案したのが「握手ができる木のハガキ」です。

 

体が動かせなくなっても、いつでも近くにいるように感じてもらえる贈り物を考えて考えて産まれました。


まわる工作城

今、子育てから手が離れてきた私が、地域のこども達と工作をして、元気をもらっています。

おじちゃんとおばちゃんはこんな気持ちで私たちをいつも迎えてくれていたんだなぁと、今ごろやっとお2人の想いが少しわかるようになりました。


みんなと

先月おじちゃんは旅立ちました。一家追悼のDVDには、私達の写真も入れてくださっていました。

一人息子のTさんからのお手紙には、今まで送ってくれた木のハガキを棺桶に全部入れたから天国でみんなと手を繋いでいるよ、と。

想像したら嬉しくて涙が出ました。

 

息子さんとは実は、お会いしたことも言葉を交わしたこともありませんでした。なのに、私のことをいつのまにか妹ができていたようで不思議な気持ちだった、自分の代わりに親孝行してくれてありがとう、と書いてくださってました。


想い

先週来たこども達が、昔おじちゃんが作ったコリントゲームを見て作りたい!と作っていました。おじちゃんからもらった釣竿を見てワクワクしてるこどももいます。

 

おじちゃんの想いは繋がっているよ。

おじちゃんの分までここで楽しくやっていくね。

これからも見守っていてね。